スポンサーリンク

PIXAR(文響社)ローレンス・レビー

Book Summary
スポンサーリンク
レビュー

ピクサーは、スティーブ・ジョブズが作った会社でした。85年にアップルを追放されたジョブズは、NeXTという会社を創設するとともに、ルーカスフィルムのコンピューター関連部門を1000万ドルで買収し、ピクサーと名付けて法人化します。当時、ジョージ・ルーカスは離婚慰謝料の支払いでお金に困っていたので、ジョブズと取引をしたわけです。そのジョブズが、ピクサーのCFOとして雇ったレビーに突きつけたミッションは、「なる早でIPO(新規株式公開)せよ」というものでした。

レビーは、ピクサーのビジネスモデルとポテンシャルを子細に検討し、ディズニーと結んでいた不平等な契約などさまざまな障害を乗り越え、苦労の末にIPOを実現します。これは「シリコンバレー・ミーツ・ハリウッド」の最初の成功事例と言っていいのではないでしょうか(最大の成功事例はNETFLIXですね)。感慨深いことに、ピクサーがIPOした95年11月というのは、まだインターネットの黎明期でした。ネットスケープのIPOが同じ年の8月ですから、当時は、まだまだ全然ネット社会ではなかった。ピクサーって、みんなが思っているより古い会社なんですよ。この本には、ジョブズが亡くなって10年近く経ってしまった今、あまり目にすることがなくなってきた「ジョブズ節」が何度も登場します。これが懐かしい、そして嬉しい。例えば、IPOへの道筋が見えてきたところで、ピクサー株の公開価格をいくらに設定するか。ジョブズの意向はこんな感じ。「ウチはネットスケープ社より価値があるぞ。連中は創業1年くらいにすぎないうえ、赤字なんだ。映画さえヒットすれば、我々は上を行ける。ピクサーの価値は20億ドルにしてもいいんじゃないかな」レビーは「そんなむちゃな。なにをどう計算しても20億ドルなんて数字は出てこない。その4分の1が投資銀行から提案されたらびっくりというぐらいだ」と内心思いますが、ジョブズには決して言いません。はね返されるのが分かっているから。まあ、ジョブズの気持ちも分からないではありません。ルーカスから買った時点で1000万ドル、さらに、これまでのランニングコストで5000万ドルものポケットマネーをピクサーに投じています。株価をできるだけ吊り上げてIPOに持ち込みたい。だけど、ジョブズの口走る株価は根拠なしに高すぎる。

そうこうしているうちに、投資銀行側の結論が出て、ピクサー社の価値はおよそ7億ドルと見積もられました。ジョブズの目論見の3分の1、これが現実です。ところが、11月22日に公開された「トイ・ストーリー」は、レビーやジョブズも予想していなかった規模の大ヒットを記録し、ピクサーの評価はうなぎのぼりに。IPOは翌週29日に行われ、取引日初日の終値は39ドルでした。ピクサーの市場価値はおよそ15億ドル。株式の過半を持つジョブズは、みごとにビリオネアになりました。

スティーブ・ジョブズは、このピクサーでの大成功を経て、翌96年にアップルへ凱旋復帰します。その後、iMacが発表されるのは98年、iPodは2001年ですから、ピクサーのIPOはジョブズが放った、後のアップル復活に繋がる派手な打ち上げ花火だったんですね。また、この本にはハリウッドビジネスがいかに保守的で、しかも排他的なものであるかというエピソードもたびたび登場します。第4章「ディズニーとの契約は悲惨だった」にこんな記述があります。映画の続編に関するもの。本文を引用してみましょう。「契約書では、ピクサーが続編を制作できるのは、続編の元となる本編を合意した予算で完成させ、さらに、ディズニー流の続編制作に同意するなど、さまざまな条件がすべて満たされた場合のみとなっていた。この条件が満たされなかった場合、ディズニーが、ピクサーと無関係にピクサー映画の続編を作ることができる」

どうですか? これはディズニーの「パワハラ契約」と呼んでいいヤツですよね。「トイ・ストーリー」のウッディやバズが、ディズニーの好き放題に使われてしまう可能性が盛り込まれた契約書が存在していたという……。

しかしIPOが大成功した今、ピクサーに資金は潤沢にあります。ディズニーとのパワハラ契約を解消するという新たな挑戦に、ジョブズとレビーは突入します。そのプロセスは本書に譲りますが、ヒット作を連発するピクサーはディズニーにとって虎の子的存在となり、パワハラ契約解消どころか、ディズニー本体の一部となります。ディズニーによるピクサーのM&A(企業買収)です。06年、ディズニーはピクサーを74億ドルで買収。ピクサー株の50%を持つジョブズは、40億ドル近い資産を得、ディズニーの筆頭株主になりました(このM&Aは株式交換で行われました)。ご存知でしたか? かつて、ディズニーの筆頭株主がスティーブ・ジョブズだったなんて。今、「ディズニー+」と「アップルTV+」は、ストリーミング市場でガチの戦いを繰り広げようとしていますよね。ジョブズが生きていたら、この状況は起こりえなかったんじゃないかと。さて、著者のローレンス・レビーは、ピクサーがディズニー傘下になったタイミングでその職を辞し、チベット仏教に出合います。そして仏教における「中道」の考え方に傾倒していくのです。ちなみに、レビーはユダヤ系なんですけどね。とても興味深い。

現在は、チベット僧たちと「ジュニパー」という瞑想スクールを運営しており、世界中の人々が訪れているそうです。ピクサーのファンならもちろんのこと、エンターテインメント系のビジネスに興味がある方にオススメの本です。

本書の目次

第I部 夢の始まり 

第1章 運命を変えた1本の電話 

第2章 事業にならないけれど魔法のような才能 

第3章 ピクサー派、スティーブ・ジョブズ派 

第4章 ディズニーとの契約は悲惨だった 

第5章 芸術的なことをコンピューターにやらせる 

第6章 エンターテイメント企業のビジネスモデル

第7章 ピクサーの文化を守る 

著者・出版

ローレンス・レビー

ロンドン生まれ。インディアナ大学卒、ハーバード・ロースクール修了。  シリコンバレーの弁護士から会社経営に転じたあと、1994年、スティーブ・ジョブズ自身から声をかけられ、ピクサー・アニメーション・スタジオの最高財務責任者(CFO)兼社長室メンバーに転進。ピクサーでは事業戦略の策定とIPOの実現を担当し、赤字のグラフィックス会社だったピクサーを数十億ドル規模のエンターテイメントスタジオへと変身させた。のちにピクサーの取締役にも就任している。  その後、会社員生活に終止符を打ち、東洋哲学と瞑想を学ぶとともに、それが現代社会とどう関係するのかを追求する生活に入った。いまは、このテーマについて文章を書いたり教えたりしている。また、そのために、ジュニパー基金(www.juniperpath.org)を立ちあげ、創設者のひとりとして積極的に活動を展開している。

コメント

タイトルとURLをコピーしました