まえがきに「初めて財務管理を学ぶ読者が羨ましい。それは知的興奮を伴う冒険だからである。」と著者からのメッセージがある。私も本書を読んでまさに同じ感覚を覚えた。ファイナンスの世界に飛び込み、知的興奮満載の冒険を楽しみましょう。
本書の特徴を一言でいえば、企業財務の初学者向けに書かれているにもかかわらず、世の中の最先端の動きも常に交えて今日的なビジネスへの示唆を示している点であろう。読者としては、企業財務を基礎からしっかり学びつつ、どのようなことが近年のトピックとして議論されているかもわかるわけで、「1冊で2度おいしい構成」となっているのだ。
たとえば初学者向けの工夫として、財務諸表の分析から丁寧にひも解き、いきなり複雑な数式を示してはいないという点がある。まずは会計的な基礎からスタートするというのは、オーソドックスな手法ではあるが、書き方や事例が面白くないと、とたんに冗長感を増してしまうことになる。本書ではそれをほとんど感じないのは、やはり著者であるヒギンズ教授の筆力や興味深いネタの選択によるところが大きいものと思われる。たとえば「グーグルの財務業績のレバー」というコラムがあるが、このITジャイアントの財務指標、たとえばROEが非常に平凡なのはなぜかといった点を分析し、別の側面を提示したりしている。このように、適宜興味深いコラムを入れたり、章ごとに基本的なまとめがある点も読者に優しい構成といえよう。こうして企業財務の面白さに徐々に触れてもらいながら、中盤からはある程度数式も交え、企業財務の王道を紹介しているのである。
最新の知見についても、あらゆる章に散りばめられている。たとえば、2008年に起こったリーマンショックに関する見解などは、やはりそれ抜きに最新の企業財務の効用や限界を知ることはできない。本書でもさまざまなところで、この点については言及されている。また、昨今、ますます実務に応用されるようになってきており、ビジネスリーダーの必須知識となってきた、リアル・オプションやAPV法、企業価値評価におけるベンチャー・キャピタル方式、あるいはさまざまな資金調達の手法などについても、旧版よりページ数を割いて解説している。変化の早い時代に遅れてはならないという筆者の思いを感じ取ることができる。
企業財務という分野は、ある程度数学的な素養が必要なこともあって、マスターするのが非常に難しい領域である。体系はしっかりしているものの、どこからどのように書くかによって読者の理解度が大きく変わってくるため、執筆者の力量が問われる分野とも言える。その意味で、本書の構成は「唯一のBest」ではないかもしれないが、「One of the Best」であることは間違いないだろう。
企業財務がビジネスリーダーの必須の素養である昨今、特に初学者にお勧めの1冊である。
●本書のPoint |
■第1部 企業の財務的な健全性の評価(財務諸表の解釈;財務業績の評価) |
■ 第2部 将来の財務業績の計画策定(財務予測;成長の管理) |
■ 第3部 事業を運営するための資金調達(金融商品と金融市場;資金調達方法の決定) |
■第4部 投資機会の評価 投資の意思決定プロセスは戦略レベルから始まり、どの分野で競争を行うかを決め、そして競争に打ち勝つための手段を決定していく。このプロセスで大切なのは投資計画の財務的な評価である。このプロセスは、ファイナンスの専門家だけでなく、すべてのマネージャの責任である。本章では、どの投資計画が目標達成にとって最も費用対効果が高いものかどうかいうことを判断する手法を学ぶ。 ◆第7章 DCF法 DCF(Discounted Cash Flow)法は、企業が複数の期間にわたり費用を発生させ、便益benefitを生みだすアクションを検討する際に必要となる技法です。DCF法は株式や社債の評価、設備の取得及び売却分析、製造技術の選択、新製品導入の決定、企業買収、R&Dやマーケティング評価まで企業戦略策定にいたる多岐にわたるテーマを扱う。 <投資機会における財務的な評価の3ステップ> ①投資に関連するキャッシュフローの予測 ②投資の評価指標の計算 ③採択基準と評価指標の比較 上記の3つのステップで最も困難な作業が①の予測キャッシュフローである。キャッシュフローの予測は、アートの領域とも考えられており、市場・競争ポジション・長期多岐な目標など様々な要素を総合的に判断する必要がある。 <金銭の時間的価値の考え方の3つの根拠> 正しい評価とは、今日の1ドルには将来の1ドル以上の価値があるということを反映して判断する必要がある。この金銭の時間的価値という考え方には3つの根拠がある。 ①インフレーションにより今日の金銭と比べ将来の金銭の購買力が減少する ②たいていの場合、金銭の受け取りが先になればなるほど不確実性が高まる ③機会コストという考え方で、今投資することで将来お金を増やすことができる機会となる |
第1部 企業の財務的な健全性の評価(財務諸表の解釈;財務業績の評価)
第2部 将来の財務業績の計画策定(財務予測;成長の管理)
第3部 事業を運営するための資金調達(金融商品と金融市場;資金調達方法の決定)
第4部 投資機会の評価(DCF法;投資の意思決定におけるリスク分析;事業価値評価と企業のリストラクチャリング)
ロバート・C・ヒギンズ
ワシントン大学教授
1963年スタンフォード大学卒業。1965年ハーバード大学経営学修士(MBA)、1969年スタンフォード大学Ph.D。スタンフォード大学客員助教授、スイスのIMEDEの客員教授などを経て、現在、ワシントン大学のファイナンス教授。
翻訳)グロービス経営大学院
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