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武士道(PHP研究所)新渡戸稲造

Book Summary
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レビュー

「武士道」は 今まではなんとなく日本に存在していた文化としての武士道を、新渡戸が体系化したのでした。

なぜ新渡戸は「武士道」を書いたのでしょうか?
それはあるベルギーの学者との会話がきっかけだったそうです。「日本には宗教教育がないのに、どうやって道徳心を養うのか?」と聞かれた際に回答に困ったため、本を出版し武士道について知ってもらおうとしました。事実、日本人の道徳信には武士道は非常に密接にかかわっていました。それを知っていた新渡戸は、アメリカ向けに英語で「武士道」を書いたわけです。

武士道の考え方とは?
「武士の掟」、すなわち、「高き身分の者に伴う義務」のことである。
武士道とは、武士階級にある者が守るべき掟で、強力な行動規範としての拘束力を持っていました。それでも、明確な書物等で明記されてはおらず、口伝や著名な武士・学者などの格言によって成り立っていることが多かったようです。武士は、「士・農・工・商」のトップに君臨する特権階級を与えられていました。それ故に支配階級としての責任や義務も重く、武士としての行動様式の共通規範が必要でした。そこで生まれたのが武士道だったという訳です。武士道では、以下の7つの徳が重んじられていました。武士道7つの徳(「義」「勇」「仁」「礼」「誠」「名誉」「忠義」)で構成されている。

武士道の起源は?
武士道は仏教・神道・儒教の影響を受けています。

■仏教
仏教は武士道に運命を穏やかに受入れ、運命に静かに従う心を与えた、と言われています。具体的には、危険な状況などにおいても常に平静を保ち、生に執着せず死を受け入れることでした。
■神道
他の宗教では教わらないような、主君に対する忠義・祖先に対する尊敬・親に対する孝心などの考え方は神道の影響で武士道へ伝えられました。神道は、武士道の中に忠誠心愛国心を徹底的に吹き込みます。
■儒教
新渡戸によると、武士道に最も大きな影響を与えたのは儒教でした。儒教は、古代中国に起こった孔子の思想に基づく教え。しかし教えを知識として知っているだけでは「論語読みの論語知らず」という諺のように冷笑され、真に重んずるべきは「行動」であるとされていました。そこで孔子や孔子の教えを受け継いだ孟子にも増して影響を与えたのが「知行合一」を説いた王陽明です。

本書のPoint  武士道7つの徳(「義」「勇」「仁」「礼」「誠」「名誉」「忠義」)


①「義」
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義は自分の身の処し方を道理に従ってためらわずに決断する力である。
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義は、武士道の中で最も厳格に守られていた徳で「正義」のことです。どのような状況であっても、卑怯なことや狡猾な行いはせずに、正直に正義を貫くということです。義は、最高に光り輝く宝石であり、日本人が最も高く称賛する対象でした。
②「勇」
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勇とは正しきことを為すこと
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勇は、正義を成すための勇気のことです。相手がどんなに卑劣で危険な行いをしても、「勇気」を持って自分の正義を貫くのです。ただし、死ぬことがわかっている状況で飛び込むのは、勇気ではなく犬死にです。水戸光圀が「死ぬべきときにのみ死ぬことこそ、真の勇気である」と語ったように、真の勇気は常に冷静さを持ち合わせています。
③「仁」
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「仁」は、常に至高の徳として、人間の魂がもつあらゆる性質の中で、もっとも気高きものとして認められてきた。
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仁は慈愛のこと、つまり他者を想う優しい心のことです。荒っぽいイメージのある武士ですが、強き者ほど仁が必要であり、偉大なる王者にふさわしい「王者の徳」とされていました。「武士の情け」という言葉がありますが、これは相手を見下す行為ではありません。正義や公正な心を持つ武士だからこその、慈愛に満ちた仁の行いなのです。正義を含んだ慈悲の心は、気高きものとして認められてきました。
④「礼」
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礼は他を思いやる心が外へ表れたものでなければならないからだ。
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礼は礼儀のことで、それは単なる作法だけに留まりません。礼の根幹にあるのは「仁」であり、他者を想う心が行動として表れたものです。日本人の礼儀の良さが、海外で取り上げられることがあります。「道を訪ねたら丁寧に教えてくれた」「サッカーの試合後に自主的に掃除していた」など、それらは他者を想いやる心が生んだ行為です。これからも、行動と共に心を大切にしていきたいですね。
⑤「誠」
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誠は物の終始なり、誠ならざれば物なし
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誠は、その字の通り正直であることです。「武士に二言はない」という言葉の通り、武士が発した言葉は大変重く受け止められました。嘘だと分かった時には、死をもって償うという逸話も多く、誠は命より重く見られていたのです。
⑥「名誉」
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名誉は武士階級の義務や特権を重んずるように、幼児の頃から教え込まれ、武士の特質をなすものの一つであった。
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名誉とは、恥を知り高潔な生き方により名声を得るということです。武士道では恥は最大の侮辱だと考えられ、幼い頃から恥の感覚を教えられてきました。また、「名誉と名声が得られるならば命は安いもの」と考えられており、その事態に直面した時は静かに決断し、命の犠牲は厭わなかったのです。
⑦「忠義」
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忠義という徳、すなわち主君に対する服従や忠誠の義務
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忠義とは、主君に対する服従や忠誠のことです。ただ、服従と言っても何がなんでも従うということではありません。主君の命令は絶対ですが、それが自らの正義や名誉と違えば、命を持って気持ちを訴えました。
本書の目次

 第一章 道徳体系としての武士道
 第二章 武士道の淵源
 第三章 義
 第四章 勇・敢為堅忍の精神
 第五章 仁・惻隠の心
 第六章 礼
 第七章 誠
 第八章 名  誉
 第九章 忠  義
 第十章 武士の教育および訓練
 第十一章 克  己
 第十二章 自殺および復仇の制度
 第十三章 刀・武士の魂
 第十四章 婦人の教育および地位
 第十五章 武士道の感化
 第十六章 武士道はなお生くるか
 第十七章 武士道の将来

著者・出版

新渡戸稲造(にとべいなぞう)


出身地:岩手県
職業・身分:教育家 、 学者(社会科学)
新渡戸稲造博士は文久2(1862)年8月3日(新暦9月1日)盛岡に生まれました。明治8年13歳の時、東京英語学校に入学。この頃から生涯の親友となる内村鑑三(キリスト教思想家)、宮部金吾(植物学者)らと親交を深めます。その後、父祖の志を継ぎ、農学を修めるため、明治10(1877)年、内村、宮部とともに、札幌農学校に入学しました。東京大学に在籍後、米国のジョンズ・ホプキンス大学、ドイツのボン大学、ベルリン大学、ハレ大学の留学を経て、明治24(1891)年に札幌農学校の教授となります。明治27(1894)年には勤労青少年のための遠友夜学校(えんゆうやがっこう)を設立しました。日本初の農学博士となり、その後、法学博士の学位も得て、日米で教鞭をとっていました。名著とされる『武士道』が書かれたのはこの頃です。大正9(1920)には国際連盟事務次長に就任し、国際間のかけ橋となる仕事をしました。

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