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戦略の創造学(東洋経済新報社)山脇秀樹

Book Summary
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レビュー

筆者をデザイン思考に向かわせたのは、ドラッカースクールの講義での学生からの質問です。
新しい事業機会は、どうやって見つけるのですか?
講義で、イノベーションは大事だからイノベーションを起こしなさいとあなたはいつもいうけど、じゃあ実際、一体どうすればよいのですか、という本質とこちらの痛いところをついた質問です。新しいアイデアを創出する現場から直感的に学習しなければならないと思うようになりました。

本書は、デザイン思考、ピーター・ドラッカーのマネジメント、そして競争戦略の3つを組み合わせて構成されている。これらは時と分野を隔てて構築されたものですが、そのそれぞれの本質を紡ぐと、糸になり、その糸を織ると普遍的な戦略モデルのキャンバスとなるのです。そして、3つの思考を組み合わせたキャンバスの上に、新しい世界観と意味を創り、それに基づいた目的とビジョンを達成するための戦略を構築方法が紹介されています。本書で紹介されている新しい戦略モデル構築のためのツールと思考体系は、デザインスクールであるアートセンターと、マネジメントスクールであるドラッカースクールの共同プログラムで教えられているもので、著者にしかできないものになります。

ドラッカーの視点を「目的」と「ビジョン」を創るための糸口にして、デザイン思考の概念とエッセンスを利用して、新しい企業モデルを構築する方法論を解説していますので、ビジネスリーダーの方々のとって、新たな世界観と意味を創り、それに基づいた目的とビジョンを達成するための戦略を構築していくうえで大変参考になるものだと感じました。

本書のPoint
Chapter-1 :なぜ新しいモデルが必要なのか
日本には身近な問題を様々な工夫によって解決する課題解決の能力や習慣が根付いている。それによって日本の製造業は1960〜80年代に目覚ましい発展を遂げ、世界を席巻した。しかし技術革新の速度が増し、グローバル化が進んだ90年代以降、日本企業の国際競争力が低下している理由は、60〜80年代の成長を支えた「より良く、より安く」という持続的イノベーションに頼ってしまったことにある。その間、破壊的イノベーションを行なった米系企業によって激変したビジネス環境において、日本企業はその場その場を切り抜ける仕事に追われ、自社の『目的』と『ビジョン』を見失ってしまったのではないか。
    筆者は、「競争に勝つための戦略、戦略といっているうちに、なんのための戦略だか忘れてしまった」「最初から目的とビジョンがないままに戦略を立てている」のではないかと見方を示し、その原因が、維新から高度成長期に我々日本人のDNAに染み付いた「既にある課題に対して対策を考える」という無意識の習慣、すなわち課題そのものを考える習慣のなさにあると指摘している。
Chapter-2  :ビジネスの目的・使命・ビジョン
ビジネスの『目的』について筆者はドラッカーを引用して「ビジネスとは顧客がある製品・サービスを購入して充足する、その顧客にとってそれまで欠乏していたもので定義するべき」、すなわちビジネスの目的は、顧客の目線(企業の外側)からの目線でのみ定義できるとしている。この問いへの答えを見つける糸口としては「変化の兆し」、さらには、その「兆しにつながる兆し」を見つけることが重要である。

創造的破壊の原動力となるのがイノベーションであり、それを実現するのがアントレプレナーであるとシュンペーターが明言した通り、絶え間ないイノベーションが引き起こす破壊が変化をもたらし、それが経済成長につながるということであり、「変化」こそが「未来」を築いていくということでもある。ドラッカーの言う「すでに起こった未来」を見つける理由は、シュンペーターの考えたような変化を見過ごしてはいけない、無視してはいけない、そして「変化の兆し」を見つけなくてはいけないということになる。デザイン思考は、ある課題の問題解決のために、課題の観点を変換しつつ新しい解決策を創出する方法として有効であるが、課題によってはもっと強く焦点を当てるのが「すでに起こった変化」そして「すでに起こった未来」を見つける作業である

例えば、人口動態と政治・経済情勢の変化の視点からは、「人口動態の変化」「世代交代」「人種構成の変化」「政治・経済情勢の変化」「GenZと技術変化」がある。変化の種類の一つ目は、大きな地殻変動ともいえる変化で、産業・企業レベルではその変化の道筋を変えたり、止めたりすることは難しい、あるいはできない変化である。

変化の種類の二つ目は、技術変化以外にも、社会、技術革新、経済、環境、政治の変化もあり、それらのトレンドを見つけるためには、視野を広げ、それぞれの変化にも焦点を当てる必要がある。そして、さまざまな領域で観察される変化は、日本固有の変化なのか、全世界的な規模で起こっているグローバルな変化なのかを見極める必要もある。

観察された変化から洞察を行い、機会を見つける、さらにそれを事業に結びつけるには、一連の作業の方向を決定づけるビジョンが必要である
Chapter-3 ;観察から洞察へ
  観察した”事実“から、何が言えるか、それがどのような機会に繋がるか、と思考を進めること(=洞察)が次のステップです。   筆者は、アメリカにおけるアジア系アメリカ人の比率の上昇、プロフェッショナルの職業に就く人口に占めるアジア系の比率、という“事実”から既にアジア系アメリカ人がアメリカの消費市場において無視できないペルソナの一つになっていることを指摘した上で、主人公にアジア系を起用した異例のハリウッド映画のヒットの背景に、「白人の比率は低下し続けているにも関わらずハリウッド映画の主役は全て白人」という「なんかしっくりこない不調和」があったとしています。
ピーター・ドラッカーが1985年に発表した”The Discipline of Innovation”で、
 <イノベーションの7つの要因>
  ・不調和
  ・認識の変化
  ・産業と市場の変化
  ・従来のやり方の弱点
  ・人口動態の変化
  ・思わぬ失敗(失敗が結果的には、思わぬイノベーションとなる)
  ・新しい知識

社会・経済に見られる不調和、あるいは社会通念の認識の変化が、社会・経済・環境・技術の大きな変化により引き起こされるとき、そのような状況のもとにある産業と市場においては構造の変化が往々にして観察される。 地殻変動がもたらす産業・市場構造の変化には、新企業の参入が往々にして観察される。参入障壁を構成する主要因は、規模の経済性障壁、製品差別障壁、絶対的費用障壁、必要資本量障壁があるが、技術革新やビジネスモデルの革新が既存産業の構造を大きく変える原動力となる。
Chapter-4 : 顧客にとって新しい「意味」を創る
  「成功するイノベーターは左脳と右脳を使う」というドラッカーの言をキーテーマに、顧客の購買理由は決して技術(機能や装備、品質)ではなくその製品が呼び起こす感動や共感といった心理的・文化的充足度であるとし、それを顧客にとっての「意味」と呼んでいる。   スターバックスが産み出した「サードプレイス」のほか、任天堂Wii、AppleのiPodなどの例を挙げていますが、何と言ってもTOYOTAのプリウスが産み出した「地球(環境)を救う車」という価値観は、筆者の言う「意味」とは何かを理解する上で最も分かり易い例と言える。

Chapter-5 : 新しい意味を創る「予備的分析」
 1990年代において急速に普及したペットボトル飲料は、飲み終わった水筒を持ち帰らなくてよい、という顧客体験をもたらした。すなわちペットボトルの“意味”は「持ち運べる、飲んだら捨てられる」であった。  しかし今日、ペットボトルの“意味”は「環境汚染に繋がる」へと大きく変わった。形状も内容も価格も、全く変わっていないのにである。   これに対し、米国のティーンエイジャーに人気の水筒「ハイドロ・フラスク」は、その製品コンセプトによって『環境に優しく、自然を愛し、仲間と一緒に楽しく外に出かけよう』という新たな意味を纏った。   本章では、「携帯飲料水容器」の課題が下記のように変遷していることをモデルに、洞察(いかにビジネスの着想を得るか)のヒントが提供されている。
          1890年代以前:水筒の素材・形状
          1890年代以降:水筒の大量生産
          1990年代 : 低コストで廃棄とリサイクルが可能なペットボトル
          現在 : 環境に優しいというライフスタイル
          未来 : 給水ステーション(筆者の仮説)
Chapter-6 : 共感を生むためのツール「デザイン思考」
    本章では、デザイン思考のツールとして「カスタマージャニー」「マインドマッピング」の手法を紹介した上で、事例としてIKEAのビジネスモデルが誕生した背景を解説している。    同社は、従来の家具の常識である、代々にわたって受け継がれる高価なもの、注文から納品まで時間がかかる、伝統的なデザイン、といった事柄から、新たなペルソナを設定することで脱却し、「欲しい時に手に入り、比較的安価で、小さなアパートにも合う」という“意味”(顧客価値)を作り出した。そしてそれだけでなく「平積みできて、輸送量が大幅に安くなり、組み立てる労賃が不要」といった供給サイドのメリットも産み出した。    この成功の基点は、スウェーデンの伝統的な家具市場において、ユーザーの僅かな部分が構成する市場を満たすために大きな資源が費やされているという不調和を解決することをIKEAの「目的(Purpose)」としたことである。
戦略構築への道しるべ(問い)


1.目的
・私たちのビジネスは何か?
2.未来
・何が社会、経済、環境、技術、政治の分野で起こっているのか?
・どこで変化が起きているのか?
・その変化がどのようにな意味を持つのか?
・すでに起こった未来は何か?
3.共感
・顧客はどのような体験を実現したいのか?
・顧客は何を見て、何をするのか?
・顧客は何を考え、何を感じるのか?
・これから何が洞察できるのか?
4.新しい意味
・もし、すべてが可能だったなら?
・何が従来と違う新しい意味なのか?
5.新しい世界観
・もし、すべてが可能だったなら、どのような世界、パラダイスが考えれれるのか?
・私たちの夢は? 新しい世界は?
6.ビジョン
・私たちのビジネスは何になるのだろう?
・私たちのビジネスは何になるべきか?
7.戦略
・どのような目的とビジョンを達成するのか?
・どのようなモデルで実行するのか?
・どこで競争しないのか?
8.マネジメント
・目的、ビジョン、未来、共感、戦略は明確か?
・目的、ビジョン、未来、共感、戦略は整合で一貫しているか?
本書の目次

Chapter1 なぜ、新しいモデルが必要なのか 
日本が誇る「課題解決のための発想」とデザイン思考
国際市場における日本企業の栄枯衰退と企業・競争戦略
目的・ビジョンとドラッカーのマネジメント 

Chapter2 ビジネスの目的・使命・ビジョン 
すでに起こった未来--シュンペーターとドラッカー  
政治・経済地政学の変化 
GenZと技術変化

Chapter3 観察から洞察へ
不調和「アジア系はもはや米国の市場のメインストリーム?」
認識の変化「防弾少年団、ワンオクを受け入れる社会」
認識の変化「技術が通念を変え、行動を変える」  
産業と市場の変化「新規企業の参入で地殻変動」  

Chapter4 顧客にとって新しい「意味」を創る
購買決定の瞬間を考えることで見える「意味」 
日本を象徴するような製品・企業が創り出した「意味」 

Chapter5 新しい意味を創る「予備的分析」
過去・現在・未来 
観察から洞察へ、そして機会を見出す 

Chapter6 共感を生むためのツール「デザイン思考」
カスタマー・ジャーニー・マッピングーー顧客の心の動きをとらえる
マインド・マッピングーー考え/感情を理解し共感を深める 
ぺルソナーー平均ではなく極端なユーザーを描く
ブレーンストーム「もしすべてが可能なら?」 

Chapter7 世界観と意味
ビジョンーー主観的に世界観を創り、将来のシナリオを描く
世界観ーー新しい意味をつくるには自己の世界観が必要
感情移入ーーペルソナの体験から共感を引き出す

Chapter8 新しい戦略モデルを構築する 
戦略とは何か 
「良いものを安く」戦略  
創られた価値の成分 

Chapter9 戦略構築の土台 
規模の経済性 
サンクコスト 
ポーターのファイブ・フォース分析の動学化 

Chapter10 どのように目的を達成するのか 
共感と未来の戦略「利益をイノベーションに投資し将来に備える」  
ビジネスモデル--“モデル”とは模型!? 

Chapter11 どこで目的を達成するのか 
どこで目的を達成するのか【プロセス】
消費者が見るもの--豊田章一郎氏の指先 

Chapter12 共感と未来のマネジメント 
デザイン思考を企業のシステム優位性に結びつける
企業の内部と外部、そして未来との整合性

著者・出版

山脇秀樹(やまわき・ひでき)



1952年東京生まれ。 ドラッカースクール前学長
慶応義塾大学経済学部卒。同大学大学院経済学修士課程修了。1982年にハーバード大学経済学博士号取得(PhD)。
1982年より旧西独国立ベルリン社会科学研究所上級研究員, 1990年よりベルギー、ルヴァーン大学経済学部教授。その後1995年よりカリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)アンダーソン経営大学院客員教授を併任し、2000年よりカリフォルニア州クレアモントにあるクレアモント大学群のピーター・ドラッカー経営大学院教授・伊藤チェアー基金教授。2006年度より同校副学長、2009-12年度に学長を務める。欧米のビジネススクールにおける初の日本人学長。

専門領域は国際貿易・直接投資・国際企業戦略並びに産業組織。 ドラッカースクールではMBA・エクゼキュティブ向けの競争戦略論を教え、精緻な分析に基づく従来の戦略論に直感的な創造力の観点を取り入れたプログラムの開発に力を注ぐ。 自動車・工業デザインの分野で著名なパサディナ市にあるアートセンターカレッジオブデザインと2003年より関係を築き、2009年に同校工業デザイン大学院とドラッカースクールのコラボレーションによるデザイン思考にもとづく企業戦略のプログラムを開発、2010年よりMBAのカリキュラムに導入した。本プログラムのコースプロジェクトが、北米のデザイン賞であるIDEA2012にて銅賞を受賞。

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